介護は、誰のため

介護は、誰のため

期間に関係なく、一度介護を経験すると、二度とやりたくないと思います。
ある意味、介護するのは、短期間の一度だけだと思っているから、やれるのかもしれません。
少し前になりますが、私の場合もそうでした。

友人と、知人が ( 両者ともに独身 ) 親の介護をしています。
二人とも、現在仕事はしておらず、親の介護のみ。毎日が、同じ事の繰り返し。

介護されるようになると、食事が唯一の楽しみになり、我儘にもなります。
食事時間は長く、準備から食べ終わるまで、手伝って2時間30分以上。
気に入らない食事は、手に取らないそうです。
動作も緩慢になり、補助が必要になります。

聞きました。

「仕事は、しないのですか?」  「介護で、仕事はできない」
「デイサービスは?」  「入浴で使っている」
「介護のし甲斐はありますか?」  「最初は、親への恩返しと義務感でやっていたが、期間が1年以上になると、結構ツライ」
「介護施設入所は、考えられませんか?」  「当初は考えもしなかったが、最近は考える様になった。親戚にも勧められているが…」
「入所費用は?」  「父の年金と、少しの援助で可能だと思う」
「入所は、考えるだけですか?」  「父に言うと、入居したくないと言うので、困っている…」

会うと、こんな話しが、延々と続きます。
結局、結論は出ないまま。

働きたいのに、働けない。資格で仕事もしてきたが、働く事が出来ない。
今は、年金と貯金を僅かづつ切り崩して、生活費に充てている。

あと、何年この生活が続くのだろう…。
等と言う。

言いたい筝も言えずに、
優しい人ほど、頑張ってしまう。

頑張らなくてもよい方法があるのに
選ばない。

老々介護予備軍。
共倒れ。
その親は、中年を超え、初老と呼ばれる子供の自由を奪っている事に、気がつかない。


政府も、家庭介護を奨励しているが、綺麗事だけで、現実味がない。
国営放送の、「楽しい介護」…介護は、楽しいものではありません。

政府の無策を、国民に押し付けている。

税金は、何のために、誰のためにあるのか?
我々の税金は、誰のために、どのように、適正に使われているのか。

介護経験で、書けない事は、山ほどある。

政府が、頼りにならない以上、
介護が必要になったら、子供に頼るのではなく、
自発的に、とりあえず介護施設に入所する意思を子に伝え
子供の気持ちを聞くのも、一考のような気がする。

  子は、親の専属介護者ではない。

老々介護の悲惨さは、もう当たり前になってしまったので
事件性のあるものしか、新聞には掲載されず、放映もされない。
そう、「当たり前」になってしまったので。

最近になって、知人から 「母親を介護施設に入れた」と、電話があった。
仕事は、これから探すという。

お互いに、頑張ろう。
と言いあって、

電話を切った。

※自分の事は、自分でやる。方向性も自分で決める。子供から進んで「面倒見るよ」と言われる以外、子供に面倒は、かけないようにしたいと思っています。