時代錯誤の仕事観

時代錯誤の仕事観

◆ウィキベデイアによる職人の定義。
    職人とは、自ら身につけた熟練した
技術によって、手作業で物を作り出すことを職業とする人のことである。

1985年~1991年頃までは、当初景気は良かったが、徐々に景気先細り。
景気は良かったが、
人が足りない。
新卒は、能力以上の無理を言わなければ、希望の企業へ殆んど入社できたし、
都会なら、辞めても直ぐ次の企業へと就職できた。
建設現場に金髪・茶髪の職人(?)が増えたのもこの頃だった。
建築中の建物外壁に少しだけ傷をつけてしまっても補修ず、部材を一体交換するのみ。
コストは高くなっても問題ない。
高額な仕事依頼は、都会なら潤沢にあった。

仕事が激減したのが、1990年~1993年頃。
仕事が減って、倒産が増えた。

1990年から数えて、25年間。
デフレの時代が今でも続く。

1980年代の職人達は、好景気を忘れられないから、
見積もり依頼が入ると、他の業者より高めになる。
当然、今までやってきた自負もあるだろうし、センスもある。

しかし、仕事の依頼はこない。

今は、仕事が出来て当たり前、
センスが良くて当たり前、
見積もりも、以前より安価で当たり前。
※単に安ければよいという意味ではありません。「技術・品質が伴って」が前提です。
 安価な物には、碌な物がない、価格で決めてはいけない。という事もあります。

先々まで、今の仕事を長くやっていこうと思うのなら、
意識を変える時なのかもしれません。

お客様の指向にあわせて、私達も、仕事に対する意識を変えています。

思考が古くなく斬新で、今の時代に合った、本物の「職人」が求められているのだと思う。

※CSで、中国の織物職人が減っているので、何とか技術を残そうという人達がいるそうですが、時代錯誤も甚だしいと思った。1枚の織物を10人で1年間かけて織って、価格は日本円で1800万円。
中国の富裕層は買うのだろうか?
売れないので、機械織りを始めた。織り色は9色しか使えないのでホテル、マンションの一般家庭、土産等でしか売れないそうだ。選択肢が増えた現代では、時代に取り残され、消えていくしかない職業なのだろう。